私はアラフィフのオヤジですが、2004年から5度の休職をしています。10年以上の間に、私の状態や私を取り巻く環境は徐々に変わり、診断名も「うつ病」から「適応障害」「双極性障害」へと変わりました。今回は直近3年間に経験した2度の休職と復職についてお話します。

双極性障害からの復職

私の病歴の変遷

最初に「うつ病」と診断されたのが2004年の34歳のとき。それから13年に渡って寛解と再発を繰り返しました。

この13年間は大きく前期・後期に分けることができます。前期は「うつ病」による3回の休職で、後期は異動が切っ掛けになった「適応障害」と「双極性障害」での休職です。

時系列で並べるとこのようになります。

  • 前半
    • 2004年5月、うつ病で1度目の休職。
    • 2006年4月、復職。
    • 2007年5月、うつ病で2度目の休職。
    • 2008年2月、復職。
    • 2010年1月、うつ病で3度目の休職。
    • 2010年6月、復職。
  • 後期
    • 2015年11月、適応障害で4度目の休職。
    • 2016年5月、復職。
    • 2016年10月、双極性障害で5度目の休職。
    • 2017年3月、復職。
今回は後期の「適応障害」と「双極性障害」の休職の時の話をします。

適応障害の切っ掛け

2010年に3度目の「うつ病」による休職から復職したあとの5年間は、職場に配慮してもらったこともあり、徐々に調子を取り戻して順調な日々が続きました。

2014年には「うつ病」に禍患する前のパフォーマンスに戻ったと認めてもらい、本社異動の話しもいただきました。素直に嬉しく、ありがたい思いで、本社異動を二つ返事で承諾しました。

今思えば、ここでもう少し慎重になれれば良かったのかなとも思います。

異動後は全社の新規主力事業を立ち上げにかかわることになり、新しい発見と刺激のある毎日でやり甲斐を感じていました。一方で全社の立場とは思惑が違う事業部との板挟みに合うことも日常的で、クソ真面目な私は真正面からそれを受け止めてしまい、ストレスで体調を崩しはじめました。

過去の休職で身につけたはずの「受け流す術」を順調な5年間ですっかり忘れていました。

適応障害で休職するまでの症状や生活

症状は以前の「うつ病」のときに似ていました。

異動直後は課題山積でもオン・オフの切替ができていたのですが、徐々にキャパオーバになってきたためか、頭が常にオンの状態でオフに切り替えられなくなりました。

過去の経験から「このままじゃマズイな」と思い幾つかの対策を講じました。

  • 兼務の残っていた旧職場で仕事を時間を多くするようにした
  • 新職場と旧職場を行き来しやすい場所に引越した
  • 安心して診察してもらえる信頼できるクリニックにかかった
しかし、これだけでは根本的な解決には至らず体調はさらに悪化していきました。

帰宅してからも仕事のことが頭を駆け巡り、ベッドに入っても言葉にならない不安感と焦燥感が入り乱れて眠れなくなりました。

この状態が半年ほど続いて心身は疲弊し、自分の不甲斐なさと閉塞感でいっぱいになり身動きができなくなってしまいました。

そして、異動から1年半で休職することになりました。診断名は「適応障害」です。

適応障害で休職に入ってから

休職時は2週間に一度通院し、気分と体調の状態や生活の状況、不安なことなどの問診をうけて、投薬の調整と日常生活上の留意点などの指導をしてもらいました。

投薬は抗うつ剤のサインバルタと睡眠剤のベルソムラの2種類で量の調整がメインでした。

ベルソムラは初めて処方されたのですが、今まで飲んだことのある睡眠剤とは感覚が違いました。眠くなるというよりは、頭の活動が鈍くなって気がついたら寝ているという感じでした。 私にピッタリな睡眠剤だったと思います。

頭をオフにできるようになり、沈んでいた気持ちも徐々に回復していきました。1ヶ月たったころには不安感と焦燥感が気にならない日の方が多くなりました。

睡眠障害と倦怠感はその後もしばらくは残りましたが、過去の休職時に比べると心身ともに辛い日々は短い期間で抜け出せたように思います。

2ヶ月ころには家事も普通にできるようになり、体調の良い日は外出したり散歩をするようにもなりました。

適応障害から回復して復職へ

休職して4ヶ月が過ぎた2月頃には、体調も安定して復職を意識しはじめました。

毎月の療養状況を報告した際に、上司から「希望するなら元の職場への復帰を人事と調整します」と打診があり、私は「ぜひ、その方向でお願いします」と答えました。

その後、新年度のタイミングで元の職場に異動することで人事および元上司と合意したとの連絡をもらい、復職への障壁が一つ取り除けたと思いました。

主治医からは、自分が勤務している状況をイメージしても安定した体調を維持できるかがポイントなので復職先の職場と連絡を取り始めましょうと助言をもらい、復職先の元職場の元上司と連絡を取り始めました。

3月に入り、元上司と何度か面談してもらうなかで、復職後に勤務しているイメージを徐々に具体化していきました。それでも体調は安定した状態を維持できましたし、むしろ体調は絶好調だし早く復職したいと前のめりな気持ちが強かったです。

年度が変わった4月、主治医から復職可との診断を得て、産業医とも3度の面談を行い、さらに2週間の試験出社を経て5月に復職をしました。これまでのどの復職よりも明らかに体調がよく、今回こそは大丈夫だという自信にも溢れていました。

復職後2ヶ月も経たずに双極性障害が判明

復職後も体調は絶好調で周囲とのコミュニケーションも順調でした。いや、順調だと思っていました。

この時点ですでに軽躁だったと思います。思い当たる節を列挙するとこんな感じです。

  • 朝は4時過ぎにはスカッと目が覚めて早くに出社
  • 次から次へといろいろなアイディアが湧き出てきて
  • 仕事をするのが面白くてしかたがなく
  • なんでもできちゃうようなイケイケな気持ちになり
  • 自分に少しでも関係する仕事にはすぐ首をつっこみ
  • 上から目線で好き放題に注文をつけまくる

そして6月に入ってからは、上司に向かって悪びれることもなく暴言を吐いたり、 喧嘩さながらな口論になることも度々あって、 「それはちょっとひどいのでは?」と指摘されるなど、 自分でも「あれれ?」と思いはじめました。

クリニックの診察のときに、その旨を主治医に相談したところ、 過去の「うつ状態」の発症前後の状態も考えると双極性障害の疑いがあると言われました。

そう言われてみると、適応障害で休職していて復職に向かっていたころに、マンション購入の契約直前まで話しを進めていたり、FXでは盛大に損失を出していたりと色々やらかしていることにも気が付きました。

その後は気をつけてはいたものの状況は改善しなかったことから、 双極性障害との診断を受けて治療方針を変更することになりました。

双極性障害の治療から急転直下でうつ状態に沈み休職

まずは、躁状態を鎮めるためにサインバルタを中止して、気分安定剤のデパケンを飲むようになりました。

会社では診療心理士のカウンセリングを受けて、7〜8割の低め安定を目標にしていきましょうと助言をもらいました。

双極性障害の治療を初めてから明らかにハイテンションは落ち着いてきました。

しかし、安心したのもつかの間、ちょうどいいところで安定することなく、そのまま「うつ状態」に落ち込んでいきました。その時の私には「低め安定」は呪いの言葉の様に感じました。

双極性障害の休職中の生活と治療

双極性障害の治療は、投薬により躁鬱の振幅をコントロールすることに尽きます。

私が服用していたデパケンは躁に対する効果は高いものの抗うつ効果はありません。かといって、安易に抗うつ剤を使うと再び躁転するリスクが高まります。

そこで躁・うつの両方に高い効果があり気分の振幅を抑えられる「ラミクタール」に切り替えることになりました。当初から躁が落ち着いたタイミングで中長期的な視点でラミクタールに切り替えるという治療方針の説明を受けていましたが、落ち着く間もなくうつに沈んでしまったのは誤算でした。

ラミクタールの効果が期待できる量は200mg/日が目安なのですが、 皮膚に対する重篤な副作用があるため、極少量から少しずつ増量する必要があります。

一般には週に25mgづつ増量すると言われているようですが、主治医はさらに慎重に2週で25mgずつ増量すると説明してくれました。つまり、200mg/日に達するのは最短で4ヶ月後ということです。

また、浮上するまで一時的にサインバルタとエビリファイを併用することになりました。エビリファイも躁・うつの両方に効果がある薬で、今回はラミクタールを補助する役割として使いますという説明がありました。

双極性障害の安定から復職へ

私の場合、幸いにもラミクタールを服用しても副作用はありませんでした。

そして1ヶ月ほど経って50mg/日に増量したころにはうつの症状も落ち着いてきて、調子の良い日には外出もできるようになりました。

その後も順調にラミクタールを増量して12月に入ってからは、多少の早朝覚醒は残っていたものの、気分が上下に大きく振れることなく安定した状態で、ほぼ毎日外出する生活を送れるようになりました。

正直なところ、私はもう少し気分が上がったほうが心地良いとも思ったのですが、主治医が言うにはちょっと物足りない感じがちょうど良いとのことで、これを維持すること目標にしました。

そして、年末年始には札幌の実家で過ごしました。特別にテンションが上がることもなく、疲労感が残ることもなく安定した帰省でした。これを受けて、1月上旬の時点で休養状態において経過は良好であり、特別なパフォーマンスを要求されることのない通常勤務であれば、 2月中に復職可能である、との主治医の見解をもらいました。

復職に向けて生活リズムと体力を整えるため、カフェや図書館などを使った終日外出の自主トレをはじめました。これは過去の復職でも同じようにやってきたことです。

1月末には最初の産業医面談を受けて、2月上旬に主治医から就業可の診断をもらいました。2月中旬から2週間の試験出社を無事クリアして、3月6日から復職することができました。

復職1週目を終えて

流石に初日は緊張もありましたが、その後は特に気負いもなく、淡々と1週間を過ごすことができました。

以前は、前回の復職後に限らず、オレがやらなくては!とい意味でオレオレ的という「前のめり」なところが多分にありました。これは私の良いところだと思っていましたが、実は諸刃の刃で危うい点でもあることがわかりました。

今後は投薬によるコントロールを継続するとともに、前のめりになり過ぎないようにセルフ・モニタリングを欠かさずに低め安定の毎日を送りたいと思っています。

今後も折を見て状況をお話したいと思います。